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話題のドラマ 西郷さんゆかりの地追っかけ隊!

有馬さぁ~!!!

悲しき事件「寺田屋騒動」

有馬新七の墓

ど~も! りゅうちぇるです!

今回のお話は、今まで見てきた物語の中で、1番感動した回でした。

 

物語のテーマが「寺田屋騒動」ということで、私もネットなどで調べて結末は分かっていたんですが、クライマックスのシーンは号泣してしまいました~笑

 

久光の命令を無視して、京都に行った西郷さんは、有馬さんの様に倒幕を企んでいる他藩の志士達と、酒を飲み、しまいには島唄まで歌いだす始末・・・笑

 

そこに、恐ろしい形相で大久保さん登場!

3年かけてやっと薩摩に連れてきた西郷さんが、早速久光の命令を無視し、連れ戻しに来たら酒を飲んで島唄歌いながら踊ってる・・・そりゃ~刀を喉元に突きつける気持ちもわかります。笑

 

結局、西郷さんは薩摩藩の追っ手に捕まり、挙兵の為に京都に来ていた久光から直々に切腹を命じられます。

大久保さんが、京都に行った理由を必死に説明し、助けてもらえる様願い出ますが、怒り心頭の久光は一切聞く耳を持ちません。 

すると、西郷さんは、日本を変える為には、久光自身が変わらないといけない!と言います・・・その発言を聞き、久光がさらにヒートアップ!笑

しまいには、刀まで抜きそうになっていました。

その時、久光の家臣である小松帯刀が、フォローに入りその場はなんとか鎮まりました。

(西郷さんは切腹の代わりに島流しに処されることになりました)

ちなみに、小松帯刀は前回の放送から登場していて、今のところ、久光の家臣として紹介されていますが、後に西郷さんや大久保さんと深く関わっていく人物なので、これからの物語でどのように描かれていくのかとても楽しみです。

 

今回の物語のクライマックスでもある「寺田屋騒動」の戦闘シーンはとても迫力がありました!

幼い頃から同じ郷中で育ってきた仲間同士が斬り合いになる・・・すごく悲しい現実ですよね。

実際に、説得に向かった大山さんと、有馬さんは同じ加治屋町で幼い頃から共に育った仲間ですから、なおさら辛かったと思います。

なんといっても、戦闘シーンのリアルさには驚きでした!

私も、色々と時代劇のテレビ作品は見ていますが、あそこまで血しぶきが出たり、返り血を浴びる演出をあまり見たことがなかったので、食い入るように見てしまいました。

大山さんが、亡くなった有馬さんを抱きしめて、戦いを止めるように泣きながら叫んだとき、私は大号泣でしたよ!笑

藩の命令で、仲間や友を殺さないといけない・・・あの時代は本当に残酷だったのだとすごく感じました。

 

さぁ、今回紹介する場所は、有馬新七の墓です。

京都の大黒寺に、寺田屋騒動の志士達の墓はありますが、それとは別に先祖伝来の墓としてここに眠っています。

生まれは伊集院ですが、有馬さんの父が鹿児島城下の有馬家の養子になり、加治屋町に移り住んだそうです。その時に西郷さん達と出会い、共に同じ郷中で学んでいたんでしょうね。

有馬さんは、剣術の達人と有名だった薩摩藩士・坂木六郎に幼少期の頃から剣術を学びました。(坂木六郎は、有馬さんのおじさんにあたる人だそうです)

そんな有馬さん、優れていたのは剣術だけではなかったようで、学問も優れていたようです。

19歳の時には、江戸に出て学問を学び、薩摩に戻った頃には、学問所や藩校で教育に携わっていました。

 

こんな経歴を見ていると、寺田屋騒動で死んでいなかったら、きっと西郷さんや大久保さん達のように明治維新に大きく関わっていたんじゃないかと思います。

 

有馬新七の墓