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話題のドラマ 西郷さんゆかりの地追っかけ隊!

大久保の思い!

大久保、西郷帰還のために大活躍~

有村雄助・次左衛門誕生地

ど~も! りゅうちぇるです!

第20話ということで、西郷さんが奄美で生活している間の、薩摩でおこった出来事が描かれていました。

 

今回の話は、大久保さんの回と言ってもいいぐらいの物語でしたね。

大久保さんはその当時、薩摩藩の実権を握り、幕府の言いなりになっていた島津斉興や、その息子である久光に近づき薩摩志士の様子を探る、いわばスパイのような活動をしていました。

ちなみに、西郷さんも庭方役として斉彬のスパイとして江戸で活躍していた時期があったので、主君は違うけど同じような活動していたのですね~。

 

そのころ薩摩では、薩摩藩のやり方が気に入らない志士たちが増えており、斉興を斬ってしまおうという人まであらわれます。

そのせいで、島津邸に頻繁に出入りしている大久保さんをよく思わない人が増えていき、仲間割れが起きることもしばしば・・・それでも、大久保さんはそんなことを気にする事なく活動を続けます。

それから、月日がたち斉興が亡くなります。藩の実権を久光が握ることになり、「国父」と名乗り始めます。(久光の子が薩摩藩の藩主なので、藩主の父=国の父という事でそう言われていたようです)この「国父」という提案も大久保さんが考えたものでした。

そんなこともあり、大久保さんはさらに久光から信頼を得ていきます。

 

そんな時、あの有名な事件「桜田門外の変」が起きます!

皆さんも歴史の授業で聞いたことがあると思いますが、その事件で幕府の大老である井伊直弼が暗殺されます。

個人的には、暗殺シーンがあまりにも簡単に描かれすぎていてちょっと残念でしたね~笑

桜田門外の変に至るまでのシーンもほしかったかな~。

 

その事件が起き、薩摩藩の志士たちはさらにヒートアップしていきます!

小さい頃からの友である、有馬新七や有村俊斎などは薩摩藩を脱藩しようとまで言い始めます。

それを必死になだめる大久保さんに対して、島津の手先のお前には言われたくないと責め立てられます。

しかし、大久保さんには考えがありました。 大久保さんが斉興や久光に近づいていたのは、西郷さんを1日でも早く薩摩に戻ってきてもらうための嘆願書を渡すタイミングをうかがうためだったのです。

大久保さん自身も、この世の中を変えていくには西郷さんが必要だと誰よりも思っていたのでしょうね!

そのことを知った仲間たちは、今まで大久保さんがやっていた事に納得し、わだかまりも溶け掛けますが有馬新七だけは納得せず、武士は実行あるのみ! と出て行ってしまいます。

 

これから島で暮らすと決意した西郷さんと、戻ってきてほしいと思っている大久保さん・・・次回の展開がすごく気になります!

 

さぁ、今回もゆかりの地を紹介したいと思いますが、今回紹介するのは西郷さんゆかりの地というよりも、西郷さんや大久保さんの友である、有村俊斎にゆかりのある場所を紹介したいと思います。

それは、鹿児島市高麗町の住宅街にある、有村雄助・次左衛門誕生地です。

その名のとおり、有村俊斎の兄弟が生まれた場所なのですが、実は俊斎の弟2人は壮絶な人生を送りました。

三男である有村次左衛門は、藩を脱藩し「桜田門外の変」に参加しました。そして、井伊直弼に一番先に切り込んで殺害した張本人です。 しかし、次左衛門本人も斬られ、重傷を負い亡くなってしまいます。 享年22。

次男である、有村雄助は、「桜田門外の変」の計画に携わったとして切腹し亡くなっています。 享年26。

 

歴史の教科書では、「桜田門外の変」は、水戸藩士が起こした事件と書かれていますが、実はその中に薩摩藩士であるこの2人も大きく関わっていたんですね~。

 

鹿児島市:有村雄助・次左衛門誕生地