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話題のドラマ 西郷さんゆかりの地追っかけ隊!

西郷・月照入水!

西郷さんと月照の出した最後の選択

月照上人追悼碑

石碑から見える雄大な桜島と錦江湾

ど~も!りゅうちぇるです!

 

今週の第17話では、個人的に西郷さんや月照より、大久保さんと島津久光の方が印象強かった回でした。

西郷さんと月照和尚は、なんとか薩摩まで逃げて来ることが出来ました。 そこで、大活躍したのが、西郷さんの親友である大久保さんです!

西郷さん達を助けようと斉彬の側近だった山田為久や、島津久光・斉興に、なんとしても西郷さんを救ってほしいと直談判します。

 

しかし、大久保さんの頑張り虚しく西郷さん達は「日向送り」になってしまいます。(日向送りとは、現在の宮崎県の都城あたりまで追放し、処刑する事をいいます。)

大久保さんが必死に助けようとしたのは、親友の西郷さんの為という事もありますが、先のお由羅騒動で大久保さんが謹慎処分をうけていた際、西郷さんが斉彬に謹慎を解いてもらえるよう働きかけた事があったので、大久保さんも次は、自分が救う番だと思ったのではないでしょうか。

 

一方、薩摩藩では斉彬の遺言通り、久光の息子である茂久が新しい藩主になっていました。 

久光もずっと憧れだった斉彬の意志を継ぐべく、これからの薩摩を良くしていこうと張り切っていた矢先、斉興が待ったをかけました! 斉興は斉彬とは仲が悪かったので、久光達が、斉彬の意志を継ぎ薩摩藩を動かしていくことに良く思わないのは当たり前ですよね~。

さらに、久光と茂久の事などは一切無視で、自分が薩摩藩の実権を握ろうとしました。

久光も、斉興に腹が立っていたとは思いますが、斉興に反論出来ない心の弱さと、兄である斉彬のように、藩をまとめる事の出来ない現実に相当落ち込んだと思います。

久光は、歴史上では西郷さんとは仲が悪かったのもあってか、いい印象を持っている人は少ないようですが、私的には一番武士らしく生きた人物ではないかと思います。 これからの物語では、久光が大きく関わる出来事がたくさんあるので、注目してみてください♪

 

さぁ、今回紹介する場所は、月照上人の追悼碑です。

この碑は、西郷さん・月照の入水の地が三船沖だったということから、旧吉野村温古会によって、追悼碑が昭和2年(1927)に建てられたそうです。

実際に見た感じだと、古くに建てられているように見えましたが、他の石碑に比べると比較的新しい石碑だったので驚きました。

西郷さんと月照は、真冬の錦江湾に身を投じ、西郷さんは奇跡的に助かりますが、月照は帰らぬ人となり46歳の生涯を閉じました。

この石碑に行く際は道がとても狭くなっているので、お気をつけください。三船病院を目印にすると分かりやすいと思います。

 

鹿児島市:月照上人追悼碑

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